俺が、他の人間たちを操作しちゃっていた、
それが仮の楽園、仮のパラダイスというか、
俺が操作してなければ保てない楽園だったからだ。
まじないは実際に、人々を操作する。
ということは俺もそのなかでMIXされて操作される。
いわば自己も他人も楽園で均衡を取るために操作される。
でもそれが、心地よかった時期もある。
今はそれはいけない、そうじゃないと思えてきた。
俺が、世界を操作している、ということは、
それは、ツマラナイ、ということ。
世界の無意味さ、無価値化していく。
人々は何も縛られなく、自由気ままに生きていい。
それは俺も、そのなかでMIXされることから、
俺自身の自由気ままをも肯定することだ。
つまり人々は表面的な調和ではなく、
傷つけたり、傷つけ合ったりしていい。
天秤座世界観ではそれはNGなために、
獣性の部分をいままで否定抑圧してきた。
で、今、それをもう、捨てるというか、
まじないに頼らない世界がもうすぐ近い。
そしたらどうなるかというと、
いっせいに人々も俺も、
傷つき、傷つけ合う世界になる。
まじないの抑制や操作を外れるからって、
人々がまた、不幸になる、
何怖がってるんだよ。
ってカンジだよ、
それが本来の地球のあり方で、
その理を意識してしまったからじゃないか。
俺に残ってるのは左回転を捨てるとか、
数字のナンバリングを捨てるかどうかだけ。
いっさいを気にしなく生きていければいい。
左回転を捨てると、周囲には実質右回転しか存在しないため、
ということは従来のような獣性放縦の世界になる。
人々はスレ、争う。
俺は最近認識したのは、
俺の人生は<削いでいく>人生なんだと。
だから気持ちいい秘境温泉を見つけたとしても、
それにあぐねているわけにはいかない。
と、思っているし、思いたい。