2016年3月3日木曜日

哲学 - 善と悪、それから悟りについて。







僕のツイッターからの転載を加工したものです。

ファーくん(@y_therianthropy)さん | Twitter
https://twitter.com/y_therianthropy

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すべてのものは神から出て神へと戻る。それじゃあ、その短い一生ぐらいは
「好きに過ごしていたって別に構わない」 ← 闇の者へ
「すべての生命を尊重するべきだ」    ← 光の者へ


陰謀論関連を読んでると、どうもそういう気がしないとも限らないのです。



光の者からすれば平和を乱す闇の者が目の上のたんこぶだし、
闇の者からすれば光の者はどうして好きに過ごさないんだろうと思ってるんじゃないか。

つまり両方が両方を目の上のたんこぶだと思っている。
どちらも悪くないし、ただ立場が違うだけ。
飲み会でビールを頼んでいる空気なのにワインを頼むくらいの違いなんだ。



人間が最も恐れる”恐怖”というツールを使って。
人間が最も依存する”希望”というツールを使って。
ぼくには、どっちが正しいかよりも、どっちが自分の望む未来にとって有益かということが
問題のように思うのです。



これはいままで腹の底だけで思ってきたことで、ずーっと1回も発言しなかったことなのだけど、
善と悪、光と闇、イルミナティと解放運動は人間の腸内細菌に例えられるのです。
いくら頑張っても悪玉菌は滅しないし、いくら怠けていても善玉菌はどこからか湧いてくる。

このことは個人的に奥義だと思っています。
だから、僕が望む世界は善と悪を両方認めている。

悪はべつに嫌われ者でいる必要がない。だから世界の悪はなくならない。
これは僕だけが思っていることじゃないんだと思います。
自分にとって有益なのものが光、無益なものが闇。
そういう分類で昔から人類は生きてきてます。

人間が自覚している自我というものはたんなる錯覚です。
実際は主人公である本能を撮影しているだけのカメラのようなもの。
いつまでたっても動物から抜け出せない。動物と人間は何が違って、どこが選民なのか?




そうして様々な内省から深い洞察により哲人として歩み始めたとき、
あなたは神人合一を果たし安心して一生を終えることができるでしょう。
僕のいうところの獣人とは統合を果たしたバランスの良い人間のことであり、完全を意味します。

マルクトからケテルへ。ケテルからマルクトへ。

人間 ・・・ 生まれながらの人。チカラを知らない状態
獣   ・・・ チカラに溺れた人間。または偏った状態
獣人 ・・・ 理性と本能を兼ね備えた人間。または神のこと





悟りとは1つのものだと自覚することです。
最初から私しかいなかった。私はアルパでありオメガであること。
マエストロであること。善と悪どちらに偏っても最終的には神に帰り無条件に愛されること。
善と悪どちらにも答えはないこと。答えは自分が作り出すもの。体験し確認するための一生であること。



哲学においてワンネスとスピリチュアルを左脳的に導き出しました。
僕は高校入学記念に哲学を始めて長いんですが、世の中の真理を手中に収めることができました。
べつに右脳的に会得したって構わないんですが、僕の場合は左脳が発達していたので
理屈で会得に至っただけのことです。ひとにはひとのやり方が一番あってます。




あなたの行く末に光があらんことを。
それでは。