2016年3月5日土曜日

日常 - 宗教が必要な人、不必要な人





モルモン教では。
男性に向けて呼びかけるときに必ず「◯◯兄弟、」
女性に向けて呼びかけるときに「◯◯姉妹、」という。
ホワイトブラザーフッドを意識してるのかもしれない。教義の中にはないけれど。



モルモン教の教えとしては「神から生まれ神に帰る」というのがざっくりしたまとめなので、
実際集会にいるとそういう感じはないけれどワンネスを精神に植え付けているのかもしれない。
人間は神になることができる。っていうのは、近頃のニューエイジブームをみるようにかなり理屈っぽい。
それだけ取って言われれば狂人だと思ってしまうかもしれないけど。

まあでもそれにしては戒律の多いこと。

死者のバプテスマまでは誰でも行けるけどエンダウメントは違う。
エンダウメントを受けるには儀礼用の純白な下着(シャツ、ブリーフ)を身につけ、
VとかLとか刺繍されたものをどんな時でもつねに日常的に身につけなければいけない。
エンダウメントまでいくと立派な秘密結社の構成員である。
エンダウメント行けるようになれば何かしらビッグになれるんじゃないか。
給料が800だったり大企業に勤めてたりするからなあ。

誰かが言っているようにモルモン教に入ればビッグになれるのかもしれない。



モルモン教は近年稀に見る階級制度がすっごく厳しいので、
どうしても秘密を知る人は限られてきてしまう。
とは言っても僕の目にはそんなに害のある危ない宗教には思えない。

2世だからというのもあるし、1世とは違う目線で内部を見ることができる。
僕のいるところのモルモン教は若い奴らほど思考停止のロボット人間が多く、
経験を積んだ人ほど自分で考えて動く人が多い。
僕は、一般的に言われる”頭がいい人たち”というのは思考停止人間のことだと思っているので、
若い人の仲間にどうしても入っていくことができない。おじさんたちの仲間が多い。



思考停止人間は霊性のレベルが低い。
システムに対してある入力にはこの出力というふうに
マニュアル的に反応できるから組織への順応は高い。
けど、それでは宗教にかぎらず組織にいるものとしては失格なんじゃないのか。
自分で考えることのできない人間は輝いていないからね。

しかし会社組織となると上司の言うことが絶対命令という場合が多く自分で考える能力が育たない。
就職面接ではロボット人間を採用するので、必然的に会社が育たない。
このジレンマが不良化する原因になる。



宗教では妬みは自分を滅ぼす。妬むということはその宗教の何たるかがわかっていない。
ゆえに宗教の条項をそもそも受け入れられていない。
改宗者は宗教にズブズブに浸る必要があるし、
2世3世は宗教から飛び出して外の世界を知る必要がある。
どちらも、これを怠ると盲目になって人生をダメにしてしまう。


宗教というのは間違ってない。


基本的に間違った教えはない。ただ、他と違ったことを言っているから、争いを引き起こす。
悟りに至る哲学の道としてならこれ以上ないほど有益だろう。
宗教というものは精神的な分野であるからだ。物質的な目線で浸っていると不和の元になる。


知識を積んでいくと、2世3世は「あ、うちの宗教は正しかったんだ」と戻ってくる人がいる。
僕もそのひとりだ。その場合モルモン教が全面的に正しいのではなく、
いまの社会の精神的な目標と合致する教えが多く
自分にとって有益なものとして再認識するということになる。

だから宗教が必要な人というのは俗世から離れて哲学を始めたい人ということになり、
宗教が不必要な人というのは物質的観念から脱することができなかった人ということになる。
これはどの宗教にも当てはまり、これをもって信者とアンチの争いを終わらせることができる。


十分の一の戒律は食事の後片付けとその食器を洗うのに似ている。
私達は提供された10割のうち9割を飲み食いし、
その目と心をもって楽しみ、1割を大地に返す。
この戒律の意味を組織への月賦としてみなしている人が多いが、
そういう物質にとらわれている人にはモルモン教関係なく宗教は必要ない。





理想(宗教)を掲げるのはたやすいのです。
ただそれを追求(求道)できる人間は少ない。

限りなくゼロに近い(物質的価値観にとらわれている)のであります。