2013年8月15日木曜日

Therion with anthropos ~獣人と人間と~ 第四話 脱出

Therion with anthropos
~獣人と人間と~
第四話 脱出

「落ち着け・・・落ち着くんだ・・・」
エンフィールドがまず考えたのは扉を破って外に出る方法。だが、水責めに十分耐えうるであろう石造りの扉は硬く武骨で、もたもたしている間に溺れてしまいそうだ。
「どうしよう。あ、あの穴をくぐって!」
部屋の隅に空いている床穴は人が一人すっぽり入れそうな大きさだが、水が湧き出してくる以上潜ったとしても先に進めず、戻ろうにも確実に戻れる保証はないので自殺するようなものだ。それに、穴がどのくらい長いかも皆目見当がつかない。文献で読んだが水責め専用の貯水池が城内にあるため、この案は現実的ではない。
「ううう・・・」
(どうしようどうしようどうしよう)
エンフィールドはパニックに陥ろうとしていた。
「くそーっ!!!このやろう!」
パニック状態になり壁や天井を蹴ったり殴ったりしているうちに、まったく運のいいことに天井の中央だけどうやら薄い石版で空洞らしいという事に気がついた。カタカタと音がするからだ。
「!?これは・・・そうか、そうか!」
暴れていたエンフィールドの動きが止まった。人生始まって以来の一大覚悟を決めることにしたのだ。
「ここを通っていけば、かならず外に出られる!」
短絡的ではあるが、今のエンフィールドにはそれしか残されていないように思えた。天井中央に立ち、跳躍して力いっぱい天井を掌底で突き上げると、思っていたとおりダクトが現れた。
「うー・・・狭いな・・・」
子供しか通れなさそうな穴だったが、今のエンフィールドは獣人のために少々細くなっているので、なんとか通れそうだ。とは言え、ダクトの入り口はつるつるで、何も取っ掛かりがない。
「一か八かだ。イグザマイザー、力を」
エンフィールドは、待つことにした。

 ―――――――――――――――――――――――――――

水が押し寄せてくる。エンフィールドの胸毛、首元、顎の上、ついには耳の下辺りまで。足が浮いた。作戦開始だ。
「よしっ!」
水の力を借りてダクトへ潜り込む。ダクトには苔やら泥やらがびっしりとついており、抵抗はあるが今はそれどころではなかった。水はどんどん迫り、常にエンフィールドの胸元まである状態だ。
「もし、このまま出口がなかったらどうしよう。これは父さんの罠なのかも・・・」
ふとそんな思いが胸をよぎるが、今は振り払うしかなかった。ダクトは真っ暗で、どこがどうなっているのか全くわからず、城内の物音がかすかにダクトに反響している以外は、エンフィールドの心を安らげるものはなかった。
「あ!まずいまずい行き止まりだ!!!!まずい!!!」
突然天井にぶつかり慌てふためく。その怪我の功名か、すぐ横の大きいダクトにつながっていることを確認できた。縦のダクトとの接合部は小さいが、それ以降は屈んで走り込めるくらいの大きさだ。エンフィールドはすぐにその方向へと向かう。同時に水がどっと流れ込み、エンフィールドの焦りを急き立てる。
「光だ!!!!」
エンフィールドは駆けた。獣人の本能なのか、それとも四足のほうが速く走れるのか、エンフィールドはいつのまにか四足でダクトを駆けていた。光が差すところまでたどり着くと、なんとそこは鉄格子がかかっていて、人間の力では壊せないようなものだった。
「ちくしょう!!どうしてここまで来て・・・・・・・・・あ、いや、そういえばなんでさっきは壊せたんだろう」
エンフィールドの体格は決して良くなく力もあまりない方だった。人並み以下の力しかないエンフィールドが、どうしてあの石版を壊せたのだろう。その答えは、エンフィールドは薄々感じていた。
「さっきの石版と同じように、この鉄格子も外せるかもしれない!今のぼくなら!!!」
エンフィールドは文献でしか世界を知らないが、人間のことも獣人のことも文献のことだけは詳しく知っている。文献が本当なら―――今のエンフィールドなら―――
「とりゃあ!」
人間の間でよく知られる、エンフィールドが知る限り最も簡単で最も破壊力があり、最もローリスクな方法―――トラース・キック。片足で立ち、勢いをつけて全体重と勢いをもう片方の足で体を水平にして蹴るこの方法が獣人に通用するとは考えもしなかった。
「よっ、・・・もう一回!おりゃあ!もう一回!」
人間は足の関節まで水平になるのに対し獣人ではショックが吸収されてしまうので、なかなか突破できない。しかしエンフィールドは獣人の力を決して疑わなかった。何度もトライし、そして・・・
「ふんっ、とうわああああああああ!!!」

突然鉄格子が外れ、勢い余ったエンフィールドはダクトの外へ鉄格子とともに落ちていった―――