2013年8月15日木曜日

Therion with anthropos ~獣人と人間と~ 第六話 家族

Therion with anthropos
~獣人と人間と~
第六話 家族

「あのなぁ・・・まずな、世の中には言っていいことと悪いことがある」
「・・・・・・」
デイガーの動きは止まったまま、じっとエンフィールドを見据えて落ち着いた声で諭し始めた。エンフィールドはしまったと思い、どう説明したらよいかを必死に考え始めた。
「あんたな、ここの区民は人間から敵対視されていることくらい知っとるじゃろうが。そしてだな、その人間たちの親玉はヨヨナイト王じゃの」
エンフィールドはこの状況を的確に把握していた。獣人区ではヨヨナイト一族の名を唱えることは絶対のタブーであり、区外追放処分を受けることも十分ありうる。区外追放とはつまり、人間たちに隷属して一生を奴隷として過ごすか、のたれ死ぬかということである。つまり―――
「エンフィールド・ヨヨナイトの名を出すことは、死罪に値することじゃ!!」
デイガーのしわがれ声が急に大きくなった。近くにはデイガーとエンフィールド以外誰もいなかったが、エンフィールドはビクッとして周りを見回し出した。
「まあいい・・・聞かなかったことにしてやろう。あんたのような未来ある狼をのたれ死にさせては罰が当たるわい」
エンフィールドから視線を逸らし、あまり毛が残っていない右手で気だるそうに後頭部を掻くと、視線を戻して前よりも厳しい目でエンフィールドを見据えた。痩せている年寄りとはいえ、虎人であるデイガーの瞳は殺さんばかりの鋭さを放っている。途端にエンフィールドはすくみ上がり、白い砂の上に尻餅をついた。
「今度その名を言ったら命はないと思え。わしではなく、他のアンスロたちが許さんじゃろう」
「は・・・い」
エンフィールドは文献で読んだことと、実際の現実というものの隔たりをいま体で感じていた。とはいえデイガーは自分に危害を加えるつもりも、悪いようにするつもりもないのも感じていた。内容の重みは大人ながら、悪さをしでかした子供を諭すことに似ていた。エンフィールドはうなだれ、これから置かれる自分の立場が頭をよぎった。デイガーの睨みから開放された脱力感と脱出劇の疲労がエンフィールドを襲った。これから自分は―――何も知らない無知な狼として―――
「わかったら行くぞ。早くしないと昼飯を食いそびれるからの。そうじゃ、わしの可愛い一人娘がいての、毎日ごはんを―――」
砂浜に倒れたエンフィールドがいつまでも動かないのに変異を察し、世間話をあわてて切り上げてエンフィールドを抱き起こした。
「まったく世話のやける狼じゃ。まーったく最近の若いもんは・・・まーったく」
ブツブツ言いながらエンフィールドの介抱をするデイガーだった。








国王が迫ってくる。片手には短剣と、もう片手にはロープを持っている。自分は狼の状態で両腕両足を縛られ、首に投げ輪がかかっている。投げ輪は国王までつながっているようだ。「散歩に行くぞ」ずるずると引きずられるエンフィールド。暗い石造りの廊下は荒目で痛かったが、その先に待っているのは針山だった。エンフィールドはパニックになり、激しく体を動かしながら国王に抵抗したが、ロープを引く力は鍛え上げた闘士のようだ。針山のすぐ手前にロータナスが現れた。「痛くしませんよ、エンフィールドちゃん」


「うあああああああああああぁぁ!!!!」
大声をあげると、そこは暗い廊下でも針山でもなく、簡素なベッドの上だった。エンフィールドは安堵を覚え、また同時にシャワーを浴びたように汗をかいていることに気づいた。
「ここは・・・・・・どこだろう」
ふと手を見ると、やはり人間のものではなく、太く短い5本指に爪が伸び放題、銀色の毛皮で覆われている自分の両手が見えた。
「・・・はぁー。・・・あぁー」
どうやら狼として生きる覚悟を決めなければならないようだ。夢で終わらせてしまいたかったが、現実は甘くない。小説で読むような展開にはなるはずがないからだ。そんなことを思っていると、タッタタッタッタという足音が聞こえ、2人の獣人が入ってきた。
「起きたか!」
それはデイガーじいさんであった。もう片方の獣人は見覚えがないが、どことなく自分に似ている気がした。体つきが細いところや、あまり壁がなさそうなところなど―――そしておそらく人種も。
「おじいちゃんから話は聞いてるわ。あなた常識も知らない変テコな狼なんだって?」
言いながらエンフィールドを抱き起こし、ベッド近くの背もたれのある椅子に座らせた。その胸にふくらみのあることと喋り方から、その獣人が女性だとわかる。
「あの・・・うん、そうなんだ・・・あはは・・・」
デイガーじいさんは何も言わない。先ほどの見据えるような目つきではなくなっていたが、エンフィールドが何かまた変なことを言い出すか待っているようにも見えた。
「わたしはファル。ファル・マスっていうの。16歳で、あなたと同じ狼です。よろしくね。久しぶりよ、この家にお客さん来るの!」
嬉しそうな声でエンフィールドとコンタクトを取ろうとするファル。体つきや喋り方から大人とは言いがたいが、まだ小さい子どもというわけでもなさそうだ。なんと言っていいか戸惑うエンフィールドに対し、デイガーじいさんが助け舟を出した。
「これがわしの一人娘じゃ。ファル。なかなか可愛い名前じゃろ?」
「あ・・・でも苗字が、違わないですか?」
デイガーじいさんはさして驚くこともなく、また隣のファルもにこやかだった。
「まあ、詳しくは後で話すとして、いまからわしらは家族じゃ!」
「えええっ!?」
あまりの突拍子もない提案に驚くエンフィールド。デイガーじいさんは臆すこともなく話を続ける。隣のファルはあいかわらずにこやかだ。
「まぁ、わしらは貧乏でな、そういうことじゃ。」
「よろしくね。あっ、そういえばまだ名前を聞いてなかったわね!なんてお名前?」


エンフィールドは、答えに詰まった。