2013年8月15日木曜日

Therion with anthropos ~獣人と人間と~ 第七話 命名

Therion with anthropos
~獣人と人間と~
第七話 命名

「ぼくは・・・・・・」
エンフィールドは下を向いたまま指ひとつ動かさない。目はうつろで、切羽詰まった表情をしている。
「ぼくの名は・・・・・・エンフィールド・・・エンフィールド・ヨヨナイト8世」
「まだそんなことを!!」
獣人にとっては甚だ憎い王子の名を出され、またしても声を荒げるデイガーじいさん。しかしエンフィールドはすべての覚悟を決めたように、静かに佇むだけだった。
「今度言ったら命はないと言ったな!?だのに人をバカにしおって、この―――」
「待って!おじいちゃん」
ファルが助け舟を出すかのようにデイガーじいさんをけん制する。可愛い一人娘に弱いのか、デイガーじいさんは怒ったように押し黙り、部屋の隅にある椅子にどっかりと腰を下ろした。
「わたしに心あたりがあるわ。あなた、もしかして元は人間?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・人間だとーう?」
何も答えないエンフィールドに対し苛立ちをあらわにするデイガーじいさん。ファルはエンフィールドのほうを向いたまま後ろ手でデイガーじいさんにサインを送り、そのまま続けた。
「わたしね・・・あなたを知ってる気がするの」
「知ってるも何もここの王子じゃろう!もし本当だとしたら王に突き出すわ!そして、そしてな―――」
「だから待って!おじいちゃん」
よほど強い信頼関係にあるのか、デイガーじいさんは娘に逆らうことはしなかった。半立になった腰をまた椅子にどっかりと下ろし、たかぶる心を落ち着けようと目を閉じた。
「いろいろ話せば長くなると思うけど・・・わたしたちは、あなたを議会に突き出すことも、悪くするつもりもないわ。おじいちゃんは短気だけど優しい人よ」
エンフィールドの目から涙がこぼれた。いままで決死の覚悟で臨んできた反動で、すっかり疲弊しきっていたのだ。エンフィールドは初めて助かったと感じることができた。見上げると、ファルがにこにこしていた。
「一緒に生きましょう。ところで、それだと別の名を付けなきゃいけないわね」
「わしに考えがあるぞ。フィトス・タクラウドなんてどうじゃ。男らしいじゃろう、のう」
「・・・あなたは・・・・・・ファー・マス」
「ファー・マス?」
きょとんとしているエンフィールド。デイガーじいさんはファルに無視されることに慣れているのか、それとも見えない絆でつながっているのか、または単純に親ばかであるのか、一見あんまりななりゆきであれどなぜか満足気にブツブツ言っている。
「これからよろしくね、ファー!」
「えええ!?」
突然の展開に動揺するファー。だが、これでファルと兄妹のように思わせておけば周囲と上手くやっていけそうなことくらいファーにもわかった。いまは選択の余地はない、そう考えるより他なかったが、若干楽しみにも感じた。
「でも、なんか、いいかな」
元気を出す他なかった。前向きに捉えることで、以前のしがらみに囚われ続けることをやめる。新しい再出発だった。ファーは変に笑って見せると、ファルは我が子を見る母親のような目線でファーを見つめた。デイガーじいさんの表情は緩かったが、何も言わずファーとファルを見守っていた。




デイガーじいさんの家の昼飯はあまり味がせず、スープは野菜が少々、そのほかはすべて汁だけだ。主菜は豆の煮付けと魚の塩焼き、副菜やデザートは貧乏のためにないが、汁の量だけは大量にあった。ファーは王宮の豪華な食事とあまりにもかけ離れた昼食に、特にスープは咳き込んだり顔をしかめながら半ば飲むようにして食べていた。デイガーじいさんとファルは一向に気にする様子もない。
「どうじゃ、ファー。少しは体力が戻ってきたか」
「いや・・・ははは・・・」
「何言ってるのおじいちゃん。ふふっ」
痩せた老人にはこの程度の食事で満足するのは難しくないだろうが、伸び盛りのファーにはかなり物足りない食事だ。だが同じくらいの歳であろうファルを横目に見ても、その食べ方からとても満足しているようには見えなかった。痩せているとはいえふたりとも骨ばってはおらず、それからするとこの食事は健康食のようにも感じられた。ファーは次第に料理の味に慣れていき、食べ終わる頃にはこの料理もありだなと思うようになっていた。
「そろそろいいかのう。ファー、わしらは貧乏じゃから、お前さんには動いてもらわねば困る」
「えっ・・・・・・あ」
この食事をタダで食べ、タダでこの家にお世話になる訳にはいかない。甘い考えをしていたファーは悟ったように顔を上げ、デイガーじいさんをじっと見据えた。
「つまり・・・ぼくは何をすればいいんですか」
「まあ、いきなり仕事は無理かなと思って。この家の中のことをしてもらうわ。ファーが寝てる時におじいちゃんと話し合ったのよ」
「そうなんですね、でも・・・ぼくにできるかなぁ。ぼくなんにも知らなくて」

恐縮そうに下を向くファー。デイガーじいさんとファルはにこやかだった。