2013年8月15日木曜日

Therion with anthropos ~獣人と人間と~ 第一話 前兆

Therion with anthropos
~獣人と人間と~
第一話 前兆

「ククククク、さぁてそろそろ始めるかの!」
機械油と化学薬品の臭いがする狭く薄暗い部屋の中で、一人の白衣を着た男が手術台のようなものの上で怪しく笑う。
「やっとの思いで手に入れた、このかわいいサンプル・・・!」
手術台のうえで横たわっているサンプルと呼ばれたものは、どうやら少年のようだ。少年と言ってもまだかなり幼く、上半身裸でライトに照らされている。麻酔で眠らされているのか、抵抗の形跡は無く、すやすやと寝息を立てている。
「ククククク!まずは電気メスの高周波電流で組織を焼き切り・・・剪刀でこれを引っぺがして・・・。モスキート鉗子でつぶして遮断・・・。」
その男は科学者らしく、さまざまな手術器具を使ってテキパキと無駄の無い動きで組織を切り開き、何かを埋め込んでゆく。少年にかけられた麻酔がよほど強いのか、手荒な扱いをされても少年の目は明くことがなく、時折苦しそうに筋肉を痙攀させているだけである。
「開創器で広げておいて、神経鉤で牽引・・・。」
だんだん男の額に大粒の汗が滲んできた。手術を開始してからすでに3時間が経過している。
「ドゥベーキー鑷子・・・鉗子・・・メッシェンバウム剪刀・・・クックックックッ!!出来てきた、出来てきた!!・・・後は、あの小娘から抽出した最高純度のデオキシリボ核酸を注入して・・・」
男の顔に笑みが浮かんでくる。しかしそれは、一般の外科医がする成功の笑みではなく、狂気に満ちて引きつった笑いで、その落ち窪んだ目の光は、もはや正気ではない。
「そしてヘガール持針器を使い丸針で組織縫合、角針で皮膚縫合・・・!!クァックァックァッ!!手術は成功した!!完璧だ!このフギン王国全ての研究機関の最高責任者であるこのベクセー・D..マウザーヴェルケの手に掛かれば、こんな物はすぐに作れるわ!カカカカカ!
手術は成功したようだ。今のところ、少年の体に変化は見られない。しかし、少年は手術創の痛みと体内に埋め込まれた物の拒絶反応によって、苦痛で顔を歪ませ、全身から汗が吹き出ている。
「フム・・・。やはりこの実験体では少し無理があったようだな・・・。だがそんなことは承知の上、そもそもこの王族のサンプルでなくては“獣人に秘められし潜在能力を受け継ぐ”ということなどできぬからな!!クァックァックァッ!!!」
そんな意味深長なことを言い終わると、男はベルを鳴らして使いの者を呼び、その男に命じた。
「このサンプルを元の国へ返しなさい。そして、こいつが成長したときこそ私達の野望は達成されるのだ!ケケケケ!!」

――――――――――――12年後――――――――――――

5つある王国の中で最も強大な軍事力を誇るヨヨン帝国。その街の景観は非常に美しく、その範囲はかなり広大だ。その街と城を敵の攻撃から守るために、初代国王から始まり3代にわたって築き上げた巨大な城壁がそびえている。その城壁の厚さは歩いて20分も掛かるほどであり、内部にはこの国の特産であるオージュ石から作られた歴代の国王、英雄達の石像が設置してある。また人民層は貴族、軍人、商人、庶民など様々で、みな特に貧しい暮らしはしていないが、国の北東部に獣人区があって、そこだけ規制がとても厳しく土地も激安で公共設備が行き届かず、貧困に苦しんでいる。また広場には内容を問わず様々な仕事と活気が溢れるギルドがある。
その軍事力の結晶ともいえる要塞のような城の王子の寝室で、一人の少年が横たわっていた。その少年は、ひどくうなされているようであり、額には大粒の汗がにじんでいる。
「ぅ・・・なにを・・・するんだ・・・痛い・・・やめろ・・・やめろぉぉッ!!」
突然叫び声をあげてベッドから飛び起きた。その瞳孔は開いており、息が激しくあがっている。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・。またあの夢だ。もう見なくなったと思っていたのに・・・!うああぁぁぁぁああッ!!」
その叫び声を聞いた寝室の外にいる二人の衛兵は、吃驚したと同時に、またかという顔をした。
「またあの王子様がうなされておられるなぁ。仕方ない、国王の命令ですぐにお伝えしろと言われているからな。おい、お前すぐ行って報告してきてくれ。」
国王の間は、軍事上の理由もあって一番守りが堅いと言われる別館6階の一番奥に存在する。そういった事から国王の間に通じる道は狭く、階段も急で、各階には防火扉のような重く頑丈な扉がある。その衛兵は、そういった難所を疾風のように飛び抜けて、非常に短い時間で入り口にたどり着いた。
「騒々しい、何用であるか。」
いかに身軽な兵士といっても、甲冑の音がうるさく響く。その音を聞きつけて親衛隊長が衛兵を引きとめた。
「申し訳ありません、先ほど王子様が例の夢を見られたご様子なので・・・。」
その衛兵が言い終わる前に、親衛隊長は全てを理解したようで、もうよい、と手で合図を送ると、火急の用事であるので王に報告いたせ、と部下に命じた。するとまもなく、巨大な王室の扉が重い音を立てて開き、王と側近の大臣が出てきた。
「ううむ・・・、それではすぐに王子を・・・!」
「もう来ています。父上。」
ひどく心配した様子で衛兵に声をかける王の言葉をさえぎって、廊下の扉からよたよたと姿を現したのは、先程寝室で苦しんでいた王子だった。
「もう大丈夫なのか?」
「いいえ、まだ体調が優れません。それに・・・。」
すると王は何かを予感したように顔色を変え、王子の言葉をさえぎり、周りにいる兵士たちに、私達だけにしてくれ、と言った。兵隊たちが去っていき、周りに誰もいないのを確認すると、王室の扉を閉め、閂をかけた。
「もしや・・・。エンフィールド、体を見せなさい。」
王は王子の病気を隠すために身に付けさせた身の丈に合わない2周りほど大きい服を脱がせた。その体があらわになると同時に王はひどく失望し、落胆した様子でため息をつき、首を振った。
「父さん、また新しいのが出てきたよ・・・。」
裸になった王子の体には、灰色がかった白色のふさふさした体毛がたくさん出ていた。それは人間の物ではなく、範囲は胸まで達していた。さらに尻の部分からは大きなふさふさとした尻尾が生えており、足の形も動物のように曲がっていて、手や足の爪もかなり長く伸びている。そして頭の帽子をとると、側頭部の両側に、大きな動物の耳のようなものが生えていて、人間の耳の部分はもはや影も形も残っていない。体色も肌色ではなく人狼の色であり、体の形は人間のものだが、裸で見ると動物的要素も兼ね備えられている。
「ううむ・・・。今度は鎖骨の部分に来たか・・・。これはもはや、『王族の儀式』を執行するしかないな・・・。」
「王族の儀式って・・・父さん?」
そんなものは聞いたことがないという顔をする王子に、王は深刻な顔をして語り始めた。
「王族の儀式とは、このヨヨン王国始まって以来受け継がれてきた、王族にのみ存在する秘められし特別な潜在治癒能力を全て引き出し、最大限にその力を利用できるssという特別な儀式だ。その儀式には、全能の神セイオン・ウノ・イグザマイザーの管理の元で関係者の3日間の断食、祈り、そして途方もなく膨大な魔力が必要だ。変性意識状態の中で、しかも宇宙のチャクラを被験者の体に取り入れるため、その急激な変化に耐えられずに症状がもっと悪化したり、最悪の場合、全生活史健忘・・・つまり儀式の前までに蓄積された全ての記憶がぶっ飛んで、『ここはどこ?私は誰?』というような状態になってしまう。」
そのような長い説明に相槌を打ちながら聞いていた王子は、もう慣れているのか少しも驚いた様子もなく冷静に返答した。
「そんなことはいいよ、父さん。僕も自分なりにこの病気の解決策を模索してきたんだ。夢を見るたびに出てくるなんて、誰も知らない、今までに起こったことのない病気なんだ・・・。獣人と結婚して、その子供がこの状態ならまだしも、人間の子供で、後天的に起こった例っていうのはないんだって。」
王には全て分かっていたことではあるが、その息子の言葉を聞いた瞬間に何か熱いものが中からこみ上げてくるのを感じた。しかし、それを必死に抑え、詰まった声で息子を激励した。
「私の最愛なる息子エンフィールド・ヨヨナイト、よく聞きなさい。たとえその儀式が失敗に終わっても私はお前を一生守り続ける。人々にこのことが知れ渡っても、王国が崩壊しようと私は必ずお前のそばにいる。国王としてではなく、一人の、お前の父親として・・・!!」

第一話 終