2013年8月15日木曜日

Therion with anthropos ~獣人と人間と~ 第二話 変貌

Therion with anthropos
~獣人と人間と~
第二話 変貌

『王族の儀式』が始まる一週間前から、城中が慌しくなっていた。裏口から出入りする魔法使い、気功士、催眠術師、霊媒、祭司たちが忙しそうに行ったり来たりしている。エンフィールドの病気を城外の人々に知られないようにとの王の命令で、日に日に厳しくなってゆく衛兵や上級兵の警備と声色。もちろん王の謁見は禁止され、民には何も伝わっていないので街には様々な噂が立ち、不安を抱くようになった人々も少なくなかった。
儀式まであと1日に迫った日の夕暮れ、エンフィールドが食堂の何も置いていないテーブルに一人で座って空腹に抗っているとき、王の手が自分の肩に置かれるのを感じた。
「エンフィールドよ、頑張っているようであるな。」
「父上・・・。」
断食に慣れていないエンフィールドは、さすがに苦しそうだ。しかし、空腹よりも病気を治癒させるという決意の方がはるかに強いためか、今のところは耐えられている。
「さすがに3日もの間断食というのはかなり苦しいと思います。まだ2日目だというのに、もうこの空腹のひどさ。食べてはいけないのは分かっていますが、誘惑に打ち勝てるかどうか・・・。」
王は何とも表現し難い複雑な顔をした。
「わが息子よ、全てはお前の肩にかかっているのだ。よいか、決して希望を捨てるでないぞ。」

ついに待ちに待った3日目の朝、城の中ははちきれんばかりの緊張に満ちていた。各城門の見張りや城の中を警備する上級兵などは、たまりにたまった疲労が目の下の隈と一緒に現れている。
12時を告げる鐘が鳴り、別館地下二階の通称『清めの間』と呼ばれる吹き抜けのある部屋に30人余りの魔術師や祭司たちが神妙な面持ちで入ってきた。
「よし、では始めてくれ。」
王が言い終わると同時に、まるで吹き抜けから空気がなだれ込んでくるように、空間の気の乱れが生じた。
「ゲア・シュム・アスタ・セレヌテレス・オキア・マギアス・セイオニアスタリオン・・・。(全能の神よ、われらの祈りによりて、この者の厄災を清める方法を我に示すべし・・・)」
祭司が言う言葉を周りの30人近い魔法使いたちが一斉に繰り返す。
「テルア・デルタ・テレス・キリエウス・ストラ・ピスタ・サハスラーラ・シートレイズ・
ペンデュラム・・・(このペンデュラムの力で汝の進むべき本当の道をサハスラーラに指し示せ・・・)」
祭司が持っているペンデュラムの動きが激しくなる。同時に変性意識状態にあるエンフィールドは、頭頂のサハスラーラと呼ばれる7個目のチャクラに膨大な宇宙エネルギーが流れ込んでくるのを感じた。このままいけば成功に終わるだろう、と誰もが確信した。
「・・・エンティスト・マハーラ・アイダウム・・・セリエス・セレスト・セレティーズ!
(我汝に命ず・・・神の祝福・・・栄光を受けるがいい!)」
突然、祭司の持っていたペンデュラムが粉々になり、周りの机、箪笥、燭台はポルターガイスト現象のようにガタガタと激しく揺れ動き、周りの気は狂ったようにあちらこちらへと動き始めた。と、同時にエンフィールドの口から猛烈な邪気を放つ人の形を成した漆黒の霧が出てきた。
「ウォー・アイリス・マハーラ・シャディースト・エンズライカン・ワステイタ・ツヴァヘリング・ベクセー・ウォー・アブソリュート・レイ・コンクリューション!!!
(我、ベクセーとの契約により汝らに命ず。この儀式は我により無効となり、汝は絶対的に人狼に変化し、完全に結び固められる)」
「・・・・・・・・・!!」
突然、エンフィールドを中心とした同円心状に、爆風と衝撃波が巻き起こり、エンフィーストの正面にいた祭司はショック症状と重度の火傷により、声にならない叫び声をあげて吹っ飛び、少し離れた所にいた魔法使いたちは打撲、軽度の火傷を負った。
その衝撃波の範囲があまりにも広かったため、もともと衝撃に耐えられるようには作られていない『清めの間』は大部分が壊れ、儀式はやむを得ず中止になった。



「ここはどこだ・・・?」
深い闇の中を、エンフィールドはたった独りで歩いていた。
「光は・・・出口はないのか!?」
歩けば歩くほどに、その漆黒の闇は恐怖となってエンフィールドを包む。
「くそっ・・・誰か、誰か助けてくれ!・・・怖いよ・・・」
方向も分からずただ独りさまよう。もう疲れて動けないほど歩くと、コンクリートのような材質の壁に突き当たった。
「もう、先がないのか・・・どうするんだ」
そのとき彼は、後ろからまるでバックライトのように燦燦と降り注ぐ、ひとつの光が現れ始めたのに気がついた。
小さくも大きくもない、光。前の壁がスクリーンのように変化し、それに向かって光を投影している輝きは、冷たかった。
「いったい何だこれは・・・。僕に何を見せようというんだ」
しばらくして画面に映ったのは、かの狂気の天才科学者、ベクセーだった。
しかし、当時のエンフィールドは薬で十分に眠らされていたため、ベクセーの姿や顔つきを見ても、それがベクセーだと分からなかった。
やっとの思いで手に入れた、このかわいいサンプル・・・!
サンプルと呼ばれたモノをよく確かめようとしてエンフィールドは画面を覗き込んだ。
「こんな下劣な実験を見せてなんの意味があるんだ?それに、あのサンプルはまだ子供じゃないか。だけど・・・幼少の頃の僕に似ている」
怖いもの見たさでしばらく見ていたエンフィールドは、あることに気づいた。
「これは・・・僕が時々見るあの夢と同じだ・・・一緒だ・・・そしてあの少年は僕だ・・・」
このフギン王国全ての研究機関の最高責任者であるこのベクセー・D..マウザーヴェルケの手に掛かれば、こんな物はすぐに作れるわ!
映像はその場面で途切れ、光も消え、後には冷たい闇だけが残った。
「あいつが・・・ベクセーが・・・僕を改造したのか・・・」
エンフィールドの目から水がこぼれた。それと同時に強い憎悪の念に駆られた。
「そうか・・・やっと分かった・・・お前のせいか・・・!ちくしょう、必ず殺してやる!この野郎・・・くっ・・・!」

目が覚めると、そこは石造りの薄暗い部屋のベッドの上で、窓はなく、扉も頑丈そうな鋼でできている、尋問室や牢屋のような感じの場所だった。
「あ・・・っ・・・体が重い」
儀式での失敗で体力を相当奪われ、さらに自分をこの状態にしたベクセーへの怒りのため、まるで両手両足に枷をつけられているような、だるさ、倦怠感、眠気。
そして、全身が毛布に包まれているような、ふさふさとした手触り、生温かさ。
「・・・!!もしや!」
疲れているにもかかわらず、その感触に対するショックがあまりにも大きいため、ベッドから飛び起きて確認した。
「体が・・・全部・・・」
エンフィールドの体は、すべて銀色のふさふさした毛に覆われ、膝の関節は逆に曲がり、足と手は五本指を維持しているが、獣のように太く、短く、爪も長くなっていた。
「顔になにかついてる・・・?」
目と目の間に、何か銀色の突起がついている。そして先端には、黒く湿っぽい何かがついている。
「・・・・・・・・・・」
触って確かめて、愕然とした。
突起物も、黒いものも、自分の鼻だったのだ。
顎の輪郭や顔全体が原型を留めていないほど曲がり、歪んでいる。
「・・・・・・・・・・」
エンフィールドの恐れていたことが起こってしまった。
この部屋には鏡はないが、彼には今の自分の姿がありありと想像できた。
これが夢なら覚めてくれ。そう強く願うエンフィールド。だが、諦めてしまったかのように全身の力が抜け、ばったりとベッドに伏せてしまった。


第二話 終