2013年8月15日木曜日

Therion with anthropos ~獣人と人間と~ 第五話 保護

Therion with anthropos
~獣人と人間と~
第五話 保護

太陽が眩しく照りつけ鳥達の鳴き声が響き渡る大空の下、遙か水平線を望む海面の上にてエンフィールドは仰向けに浮かんでいた。決死の思いで脱出した反動が来ているのか、砂浜で日光浴をするかのごとく放心状態で空を飛ぶ鳥達を眺めていた。
「はあ・・・。どうなるんだろう」
自分がこれまで歩んできた経緯を懐かしくもぼんやりと追憶する。今の彼は誰が見ても銀毛の狼人であり、人間であった頃の面影は瞳の色と髪色程度である。そう、エンフィールドはこれから狼人として生きていくことになったのだ。そのことが思考の片隅に確固とした場所を取り、エンフィールドの心を苦しめる。
(・・・・・・・・・)
ふと頭をあげると城壁が小さくなっている。脱出してきたダクトからは海に直結しており、硬い地面にたたきつけられて絶命する心配はなかった。そのまま1時間ほど波に揺られて今に至る。
「あんがい楽しいかも」
エンフィールドは文献でしか世界を知らなかったため、自国のバザー広場にさえ行ったことがなかった。彼にとってこれからの生活はどれほど爽快なものであるだろう。エンフィールドはそのことだけに思いを集中させ、しばし悦に入っていた。そのとき、遠くから人の声がするのを聞いた。
「おーーーい、大丈夫かーーー!」
「っ!?・・・・・・っ、ひとーーーっ!!!」
仰向けをやめて両手を上げ、そのまま声のするほうへ泳ぎだす。なかなか人間のときと違って泳ぎづらかったが、少しづつその声の主のほうに近づくと、どうやら人ではないようだった。
歳相応の好奇心のためについ泳ぎを中断し、その人ではないものをまじまじと見る。声の主はすぐ近くまで波をかき分けながらやってきて、エンフィールドの手を掴んだ。
「大丈夫か、若いの。わしゃずっと見ておったで、あんたが波の上でひなたぼっこしとるだけなのかと思っとったんじゃ。だがどうもそれらしくなくての」
声の主はそういうとエンフィールドを立たせて岸辺の椰子の木陰まで連れて行こうとした。エンフィールドは初めて見る獣人というものに知的好奇心があふれていて、歩いている途中もくまなく相手を観察していた。
「なんじゃ、変な奴じゃのう。わしの毛皮の脱毛が珍しいのか?」
体格はやせていてヒョロ長い。体色は橙色、髪は少なくごま塩。体毛はところどころ抜け落ちている。タンクトップ、防水時計、ライフジャケット、デニム、長靴、軍手。斑点模様があり、そのことからエンフィールドは虎人だと見当がついた。
「それよりあんた、足は悪いのか?」
ぶっきらぼうに尋ねる虎人だが、エンフィールドには心当たりがない。あるとすれば、まだ狼人になって短いということだろうか。エンフィールドは多少困惑した。どう伝えてよいのかわからないからだ。
「いや・・・慣れてないというか、はは・・・」
「ああ?・・・・・・・・・ったく最近の若いもんは・・・ほれ」
椰子の木陰に虎人の荷物が置いてあるようだった。たどり着くとエンフィールドを立たせたままタオルで丁寧に体を拭いた。
「夏場といえど冷えるし臭くなるし不衛生じゃからのう、こういう時は人間がうらやましいのう。はっはっは」
彼なりのジョークを飛ばしたのだろうが、エンフィールドはそれに敏感に反応した。人間がうらやましい。その言葉に感化され、感極まったエンフィールドの目から涙が流れた。
「ん?なんじゃその水は。目から水が出るなんて、先ほどのことといいまったく変な狼じゃ!はっはっは」
嗚咽が止まらないエンフィールドを見てさすがに察した虎人は、態度を和らげて真剣な表情になった。
「なんか、あったのか。」
「・・・・・・・・・ひっ」
首を縦にふるエンフィールド。
「・・・・・・・・・仕方ない、お前さんがなんの問題もない元気な狼になるまで、わしが責任をもって面倒見てやる。」
「・・・・・・・・・ひっ」
今ここでこの虎人の誘いを断っても、もしくは誘いに乗っても、エンフィールドにはどうすることもできなかった。どちらがいいかなんて、選べない。だが、怪しい男だったらどうするか?人身売買に出されてしまったら―――
「・・・あの」
「大丈夫だ。自己紹介が遅れたが、わしはディケタ海岸管理美化推進部門の部長をやっておる。知っておるだろう、ディケタ。な」
ディケタとは獣人区の中で3番めに大きい企業で、主力は配達業務だ。最近では区民のゴミ捨てマナー啓蒙活動として海岸の美化を新たに始めた、給料は安いが待遇がいい優良企業である。この男なら、完全でなくとも十分信用には足りるだろう。
「はい」
「それからわしは、デイガー・ビーツというんだ。お前さんは?」
安堵のためか、エンフィールドはついうっかり口を滑らせた。
「エンフィールド・ヨヨナイトです」

デイガーの動きが止まった。