Therion with anthropos
~獣人と人間と~
第三話 執行
石造りである牢屋ともいうべきこの部屋で、エンフィールドは絶望と悲しみのためまったく動けなかった。目はうつろで涙も出ず、顔の筋肉は弛緩したまま顎はだらりと垂れさがり、だらりと垂れた舌の先から唾液が少しずつベットにシミを作っていた。そうしているうちにエンフィールドの思考力が復活し始め、小一時間も経つ頃には過去のヒトとしてのまっとうな精神状態に戻っていった。
「う・・・お腹へった」
ベッドから降りて少し歩いてみると、少しヒョコヒョコとした歩き方にはなるが、それよりも足に伝わる生温かさが気になった。
「石造りなのに・・・どうしてだろう?」
耳を澄ますと、カチャカチャ、ガタガタという音がかすかに聞こえてくる。ちょうどエンフィールドが立っている床の下からだ。床に耳を近づけると音は更に大きくなり、その様子が想像できた。
「食器の音・・・そうか、厨房なのか。だからこの部屋は窓がないんだな・・・」
ヨヨン帝国の厨房は地下にあり、真上の部屋は熱がこもるため石造りになっているが、わずかに浸透するため念を押して尋問室のように普段使わない部屋としている。
「喉が・・・水・・・」
厨房から来る熱気による僅かな室温上昇とはいえ、エンフィールドの体は毛皮で覆われている。毛皮は熱が篭るために暑さにはとても弱く、体力の大幅消耗に直結する。エンフィールドの渇きは意識するたびに強くなっていくようで、耐えきれなくなったエンフィールドは扉の外に助けを求めた。
「誰か!水を・・・水をください!・・・父さん!父さん――!!」
扉は分厚くて頑丈だが、中の様子がわかるように極小の覗き穴がついている。覗き穴の中の兵士が足早に去っていったかと思うと、ローブに包まれた男が千人長1人に付き添われながら扉の前に立った。
「私はロータナス・カスタクト。初めて見ると思うが私はいわば汚れ役でね。・・・君を処分しに来た」
「・・・・・・・・・」
水をもらえるという期待を大きく削がれたエンフィールドだが、水のことなど忘れてしまうようなあまりにも唐突な言葉をかけられ、まるで時が止まってしまったかのように動けなくなってしまった。
「処分・・・そ・・・そんな、父さん・・・父さんがそんなこと、いう・・・わけ・・・」
「私は代弁者だ。君の冥土の土産話をしてやろう。そうだな、国王様は大変失望されていた。君にね・・・穢らわしい獣人になってしまった君に」
「な・・・なにを、言ってるの・・・まさか」
「国王様は考えた。大臣たちを呼んでな。そして、君のような穢らわしいケモノを城に置いておいては、国民に示しがつかないと・・・お考えになった。ましてや自分の血統に属するわけだから、そんな穢れた汚いケモノを次期国王になどできないと」
エンフィールドはすべてを悟った。父が獣人に対して排除的であり、何か理由をでっちあげてでも獣人区を潰したい気持ちが強いことはわかっていた。ロータナスの言うことに若干の誇張はあるだろうが、それでも自分がケモノになってしまった以上、父があとには引けないことはわかりきっていた。
「・・・・・・・・・」
エンフィールドは泣いた。悔しさと、歯がゆさと、いらだたしさに囲まれて。
「そして私は執行者だ。痛くしませんよ、エンフィールドちゃん。」
エンフィールドは扉の前に崩れ落ちた。ツーという音がして、扉の覗き穴に棒が差し込まれた。扉が開いて執行者が入ってくる様子はなかった。
(餓死か。・・・くっ・・・そ・・・)
しばらくして部屋の隅の床が外れ、チャポンチャポンという音がしてきた。次の瞬間、水が床穴から湧き出し、瞬く間に床に広がり始めた。床に設置された拘束具、椅子の足、ベッドの足を取り囲み、エンフィールドはとてつもない恐怖感と危機感を感じた。
(まずい!!!悲嘆にくれている場合じゃない、ここから出る方法を探さなきゃ!なんとしてでも、ここから出なきゃ!!)