2014年4月20日日曜日

ケモノという人種差別




世の中には、獣人を愛する人たちがいる。
獣人は通称ケモノと呼ばれ、愛好家はケモナーと呼ばれる。



おおまかに、ケモノは動物の特徴を持った人間であるとされる。
そうとは認められなくても、人間をベースには置いているわけだ。
知能は高いし、会話ができるし、2本足で歩くし、首から下は人間の骨格なんだ。



で、もちろん愛好家だから、当然、ケモノを見る目も愛玩動物を見る目になってくる。
愛好家というのはみんなそうだからね。自分の手の中で踊る木偶人形としてしか対象を見てない。


それはいいんだけど、もし彼らケモノたちが将来、地球で人間と手を取り合うとして、
ケモノと呼ばれることに抵抗があるのか、ないのか。
そもそも、獣人と呼ばれることに、抵抗があるのか、ないのか。

ほんとうは、人間と呼ばれていたいのでは。





僕と同じような見解を示すサイトは少ないけれど数はある。
僕はケモナーだけれど、やっぱりこういう差別問題には真摯でなければならない気がするんだ。


ケモノっていう言葉は、マイナスイメージがあるよね。
獣人だとややマイルドに差別。獣人間だと思いっきり差別。ケモノはそのまんま。
まあ、差別には変わりないわけだ。


主従関係なんかも当然ついてくる。
それは、黒人差別とまるっきり同じで、もちろん人間が差別するほう。

これは、ちょっとなー…と思う。
アンクルトムの小屋を読んで大泣きした人間としては。。当時小学生だったけど。。

↑リンク切れしてました。修正はこちら。


ハリエット・ビーチャー・ストウ『アンクル・トムの小屋』|文学どうでしょう
http://ameblo.jp/classical-literature/entry-11531484601.html








アンクルトムの小屋を読んだことがあるなら想像はできると思うけれど、
まあ、夢見がちなケモナーは見たくもない世界なわけだ。


コレに対して前向きにアプローチしたのがFF9。
後ろ向きにアプローチしたのがソラトロボ。


FF9は、僕の言ってる通り、文化的交流を積極的に交わす種族は、
見た目が人間ではなくても、人間と呼ばれる。
ソラトロボは、人間にもなれる獣人から、ケモノ呼ばわりされて獣人の主人公がキレる。



これらはまだいいんだが、どん底まで後ろ向きにアプローチしたのが、手塚治虫のきりひと讃歌。
見た目が犬獣人になってしまうという病気で、主人公が医局にハメられてコレになってしまう。
それから売られたり見世物小屋で媚薬入りの雌犬とセックスを強要されたり、
異常性癖の女に拘束状態で40日間逆レイプをされたりと、もう大変な人生を送る。
この女は、身体障害者に興奮するサテリアージスだ…。


結局この主人公は病気を治す手立てがないということで強く生きる決意をする感じだけど、
平たく言って、黒人差別よりもきっつい書かれ方してんなぁ。。って感じ。


人間である主人公は人間扱いしてほしいので、プライドの鬼と化しているし、
野良犬以下の扱いで一貫して書かれるわけだから、読んでるほうはかなり精神力を使う。

そんな感じで、もし人間が本当にケモノと手を取り合いたいなら、
お互いに人間と呼びあったほうが、よくねえか??







っていう、ちょっとした啓蒙。