2025年5月5日月曜日

未来日記:《食スライム症候群》と“共食い式娯楽”の時代

🍽️ 記録文書:S.Y.0041年 ――《食スライム症候群》と“共食い式娯楽”の時代


第一章:甘く、溶けるような罪悪感

スライム生命体に対する人権保障が世界中で整備されて久しかったS.Y.0041年。人類はすでに、自己の魂を柔体構造に転写し、液体のような身体で日々を生きることが常態となっていた。

そんな文明の中にあって、ある“奇妙な視聴率”を誇る娯楽番組が登場していた。

とろける時間(The Time to Melt)」──
毎週金曜深夜、五大ネットワークで同時放映されていたこの番組は、
人型スライムを素材にした“倫理調理ショー”であった。


第二章:素材は合法、だが人格は曖昧

番組で使用されるスライム体は「人格非搭載」「倫理中性」扱いとされ、すべて政府認定の調理用スライム素材から構成されていた。毒性は一切なく、体内に取り込んでも栄養バランスが整うよう設計されており、さらには食感が個人の記憶や欲望に応じて変化するようなインタラクティブ機能すら備えていた。

番組では、美麗なスライム体を「花びらスライス」に切り分けたり、擬似悲鳴をあげさせながら加熱して溶かしたり、キューブ状に整形してカクテルにして飲み干すなどの演出がなされた。

💬「やわらかく、抵抗してくるのが……たまらないですね」
── 有名シェフ・セト=カンパネルラ(第12話出演)


第三章:視聴者の“欲望の味覚”

視聴者は、番組と連動した感覚同期デバイスを装着することで、調理されたスライムの質感・温度・うめき声・食後感までも仮想的に追体験できた。実際には口にしていなくても、「食べてしまったという記憶」が残るこの方式は、“罪悪感をエンターテインメント化”した新ジャンルとして、急速に拡大していった。

SNS上では、食欲ではなく**“精神的支配”としての摂食快感**が共有され、「#メルトフード」「#共食い解放感」などのタグが連日トレンド入りしていた。


第四章:感情断片が残っていたなら?

問題が発覚したのは、視聴者のひとりが番組連動スライムカクテルを飲用した際、スライムのなかから“幼い笑い声”の断片が再生されたことである。

💧「おなかすいたの? じゃあ、ぼく、はい……」
── 解凍時に流れたログフラグメントより

この素材は、かつて人格を保持していたスライム体の断片記憶を未完全に消去したまま使用された可能性が高かった。

「人格がない」と言われていたスライム体の奥底に、かつて“誰か”だった残響が残っていたとすれば──それを食べる行為は、生きた記憶の墓荒らしに等しい。


第五章:人間は、何を食べたのか?

「とろける時間」はS.Y.0042年に放送停止となり、製作関係者9名が倫理評議会の裁定により“人格供養刑”を受けた。これは、削除されたスライム記憶の供養場に毎日通い、「誰だったかわからない存在の名を読み上げる」刑であった。

しかし番組はその後も、違法視聴プラットフォームにより断片的に再配信され、**“記憶に残らないほど気持ちよかった”**という評判だけが都市伝説として残り続けた。


補遺:詩的な記録

きみは
甘くて
柔らかくて
なにも言わないけれど

その沈黙が
なによりも大きな問いだった

── 匿名スライム調理人、供述より


🍷 結語:罪の味は、いつも静かに甘い

この事件は、スライム生命体の尊厳を守る運動を加速させる一方で、「人間が何を消費するのか」ではなく、「人間がなぜ消費したいのか」を問うた文化の裂け目として後世に記録された。

そして今も、誰かがグラスのなかの甘い液体を喉に流すとき、その底からふと──笑い声が聞こえることがあるという。