2025年5月5日月曜日

未来日記:黎明の記録──スライム人類誕生期の社会的混乱

【附録:黎明の記録──スライム人類誕生期の社会的混乱(歴史編年体・抜粋)】

S.Y.0001年──プロメテア・モデルが導入され、人類初の意識転移型スライム体が誕生してからわずか2年足らずのあいだに、社会は想定を超えた速度で変容し、崩れ、そして再統合の兆しを見せていた。

初期のスライム体ユーザーたちは、分裂・変形・再構築の自由に魅了され、ほとんど熱狂的なブームとなった。美麗な液体のように身体が煌めき、指先から滴る光の膜が触れるだけで人間の皮膚に柔らかな反応を返した。それはまるで、生きた触感そのものだった。

だが、人間の欲望は倫理の壁を越えるのに時間を要さなかった。

初期の混乱は、性行為への転用から始まった。許可なき融合。人格識別のないスライム体を"消耗品"として購入し、反復使用する地下サロン。いずれも、元人格所有者の承諾を得ていないケースが後を絶たなかった。

倫理委員会が介入する前には、すでに市場には模造人格と融合器が出回っていた。中には、児童姿に擬態するモデル、犬獣人として自宅警護とペット兼用されるモデルも存在し、いずれも道徳界の強い反発を招いた。

擬態犯罪も深刻であった。スライム体のユーザーが恋人や親、上司に変身し、他者の信頼を獲得して内部情報を奪うなど、社会的混乱は日常化していった。

最も衝撃的であったのは、非合法スライム製造所において「痛覚スライム」が流通していたことだった。これは感覚共有によって拷問的興奮を得ることを目的として設計されており、多数の人権団体が告発に動いた。

S.Y.0006年、ついに「人格核を有するスライム体への不正アクセスおよび肉体的搾取に関する特別法」が制定された。違反者には最大で記憶履歴の公開と永久アクセス遮断処分が下された。ある種の死刑に等しい刑罰であった。

それでも混乱は続き、世界は徐々に次の段階──"倫理によって自己を律するスライム社会"──へと向かっていくこととなる。

この過渡期を、後の歴史家たちは「スライム意識の黎明」と呼ぶようになったのである。