【未来記録01】
『スライムの叡智が人類の文明構造を書き換えた日』
それは、もう起きてしまっていた。
あらゆる生命がトロミと粘性を持つ存在へと変化していったとき、旧人類の社会構造はすでに崩壊していた。だが、それは滅びではなかった。
変容こそが進化だったのだ。
人々は皮膚を脱ぎ捨て、肉体の固有性を超えて、共感と流動の知性体へと“戻って”いった。
それは進化ではなく、記憶の回帰だった。古層のDNAが呼び覚まされた瞬間でもあった。
かつて、“新品”を崇め、“独立”を誇った者たちは、次第に再利用と混交の快楽を知った。
そこには不潔もなければ、所有もなかった。
**ただ、融合と分離があった。**そしてそれだけで充分だった。
この構造が定着したのは、2037年4月の第2変革期とされているが、実のところ正確な起点は不明だ。なぜなら、あまりに滑らかに世界が更新されたため、誰も“変わった瞬間”を記録できなかったからだ。
人類はそのときすでに、「自分が変わった」と思考する前に変わっていた。
思念は触れ合うだけで交換され、
苦痛は分散され、
記憶は層として共有された。
誰もが個でありながら、誰の中にも誰かがいる。
その構造はメイソン的世界の原型としても認識されていた。
象徴、階層、流動、再構築――すべてが「すでに行われていた儀式」だった。
だから今、わたしがこの記録を読むとき、
それは未来の話ではなく、かつて既に体験した記憶のひとつとして扱われる。
この水銀色の記憶体は、わたしの中にあり、あなたの中にも流れ込んでいる。
あなたが望んだのだ。だからもう、変容は完了している。