2025年1月30日木曜日

風の時代、完全乗り遅れ組

わしは実は、風の時代にむけて、それなりに自己努力をしてきたほうである。情報と精神性が命の時代になると踏んで人生設計を試みてきたつもりだが、わしの考える水瓶座のありかたと、実際の時代としての傾向という水瓶座の愛のありかたが、ちょっと乖離していた。

わしは、水瓶座なのでエコシステムなので、わしがわしで完結するようにと、そのような自助努力を積んできたが、今これが裏目に出ちゃっている感じがしていて、いや、完結はいいんだけども、やっぱり人に頼っていかないと、自分でなんとかしようとする試み、および、趣味ごとや精神性の向上を自分の中だけでやろうとする試みは、人を呼ばないのである、

自分が高まっていった結果を社会に撒くのが人間のあり方だろうと思うが、これが自分がエコシステムを作ろつして完結しようとしてきた結果がでちゃっていて、とりあえず知り合いが超居ないのである。これがだから、俺が馴れ合いを軽蔑してきた結果が出ちゃってるから。

馴れ合いって、自分の腹の底の意見は隠して、ナアナアで何でも済ませようとする。言いたいことを言えないで、表面上の調和を保っていく社会、それが薄く広く広がっている社会のことだったんだと、いまになって冥王星水瓶座の社会を俯瞰して思うが、まあこれ、まだ水瓶は始まったばっかなので、早とちりかも知れないが、確実にだいぶ人の心は冷えてきている。若い連中はとくにヒットアンドアウェイの時代到来である。

そのなかで、奥野が今更、今、スタートして知り合いを広げようとして疑似馴れ合いをしようとするのは、いくらなんでも遅すぎた。。ということで、馴れ合いは渋々放棄せざるを得ない。知り合いを作っていくという習慣がいくらなんでも無さすぎなのと、時期的に気づくのが遅かった。という話。